風花の中に散った流星 名馬テンポイント | テレビ番組 |
番組ID | 012669 |
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放送日 | 1978.05.28 |
分数 | 64 |
ジャンル | スポーツ |
放送局 | 関西テレビ放送(KTV) |
製作者 | 関西テレビ放送(KTV) |
制作社 | 関西テレビ放送(KTV) |
出演者 | レポーター:緒形拳、実況:杉本清 |
スタッフ | 構成:寺山修司、音楽:森田公一、編曲:中川昌、監修:志摩直人、ディレクター:高沢義郎、撮影:平岡泰博、編集:植村禎夫、中継:伊東嗣則、技術:山川裕、音声:西村英昭、効果:柏原八美、録画:松田猛 |
概要 | 美しい栗毛の馬体と額の白い流れ星から「流星の貴公子」と呼ばれた競走馬テンポイントの栄光と悲劇の一生を、詩人・寺山修司の構成協力でロマン豊かに描く。関西テレビ放送開局20周年記念番組。◆テンポイントは1973年、北海道の吉田牧場で生まれた。父はコントライト、母はワカクモ。祖母は殺処分されたはずのクモワカだった。1975年3月に栗東トレーニングセンターの小川佐助厩舎に入厩。8月のデビュー戦から勝利を重ね、名実ともにクラシック候補として認知されるようになった。翌年は皐月賞、菊花賞、有馬記念に挑むが、いずれも2着。しかし1977年の京都記念を皮切りに連勝して春の天皇賞にも勝利し、初の八大競走制覇を果たした。同年の有馬記念では一番人気となり、トウショウボーイとの激しい競り合いの末、勝利した。1978年1月22日、海外遠征を前に日本経済新春杯に出走して左後肢を骨折。獣医師は安楽死を勧めたが、助命嘆願の電話が多数寄せられ、日本中央競馬会は33名からなる医師団を結成して手術を行った。手術は成功したと思われたが、2月下旬に蹄葉炎を発症し、3月5日、死亡した。享年6歳であった。遺体は生まれ故郷の吉田牧場に土葬され、今も多くのファンが献花に訪れている。 |